日常

『伝統の逆襲』


同じ山形県出身ということもあって、なんだか親近感がわく著者。
それ以上に、デザインとは「もの」自体のコンセプトをたて、開発からマーケティングまで全体の枠作りをすべき仕事だという考えに共感を覚えた。
日本は価格競争に向かうのではなく、「いらないけれど、欲しくて仕方がないもの」をつくらなければならないという。「必要だから仕方なく買うもの」をつくる時代は終わったのだ。エコが注目されるなかそんな思想は無駄じゃないかと思われるが、「必要なもの」は不要になったら即捨てられて終わるが、必需品でないからこそずっと取っておく。「いらないけれど、欲しくて仕方がないもの」だからこそ長年使われ、人生を豊かにしてくれるという思想もある。
著者が日本のものづくりに注目しているのは、日本人の職人がすばらしいからだった。与えられたことを一定限度の期待以上にこなすだけでなく、自分から進んで改良していくという開発能力が非常に優れているという。開発と生産を同時に行うことができるということだ。この職人技は、日本のアイデンティティとしてかなり強い。中国などは「形」は真似できても、「職人技がともなう形」は真似できないからだ。
アドバンテージは他にもある。「切り捨て」という日本文化がデザインに及ぼす影響だ。デザインにおいて、機能なり装飾なりを足していくのは簡単だが、何を切り捨て何を省いていくのかを決めることは一般に難しいとされる。世界的にシンプルなデザインが人気のある今、「切り捨ての美学」は大きな価値となる。単純なものや、ある程度凝縮されたものは、観る者によって見え方がどんどん変わる。そうしたものに対して、おもしろみを感じたり、憧れがあるのが日本文化も一端だ。しかも著者によると「切り捨て」という日本文化のデザイン方法は、外国人にはなかなか理解できないもののようだ。
ちなみに、この「切り捨て」が機能するためにはふたつの大きな条件がある。自分のビジョンが明確になっていること、強力なコアの部分があることだ。
ここでいう「シンプル」という言葉にも注意したい。
要素の少ないもの、単純なものがシンプルではない。
コアとなる価値があってそれを凝縮したもの、「切り捨て」によってコアを残したもの、たくさんの要素がありながらも組み合わせや切り捨てを駆使して、結果としてシンプルに見えるもの、それが本来のシンプルのありかただ。
シンプルだけれども深みがある、という価値を見極める日本人は残念ながら今は少ないんだとか。
日本人の特徴としてふたつのキーワードをあげている。「想像力」と「犠牲心」だ。これは外国で活躍していた著者らしい視点なのかもしれない。「想像力」は「創造力」であり「思いやり」だ。「犠牲心」は、「自己犠牲」であり、全体をみて何が大切なのかを知ることができる。
このふたつを持つ日本人は、苦手とされるコミュニケーション能力を身につけたとき、海外での活躍の場は大きく広がるはずだという。
ただし、世界に通用する技術や気質をもちながら、今なお日本の職人は冷遇されているようなのだ。それは大量生産を重視して発達してきた現在の日本経済文化がかなり影響しているようだ。
文化的な問題だけにこの解決はなかなか難しいだろう。
さらに日本の「ものづくり」の弱点については、販売に高い戦略性と実行力が伴っていないと語る。だから世界で評価されるようなレベルの高い製品をつくっても、ヒット商品にはならないのだ。
真のブランディングとは「この製品なら。いくらお金を払っても、周りがなんといおうと自分は買う」と顧客に納得させることだという。
それにはまず、「このような商品、このような『もの』をつくりたい」というビジョンをまず描くことだ。そしてつくり手の「顔」や「物語」を伝えることもポイントとなるようだ。
デザインする際には、日本文化の伝統的な部分をしっかりと残しながら、現代の生活に合わせて手法や表現方法を変えていくことも挑戦しなければならない。なぜなら国際化社会においては、無国籍化したグローバリゼーションではなく、文化的なバックグラウンドが最も強い武器になるため各国のアイデンティティをより上手に表現することが必須となるからだ。
質の高い日本の文化的背景と哲学を持ちながら、現代の生活に適合したデザインを目指すべきという著者の主張を意識して活動していきたい。