日常

『五感刺激のブランド戦略』

ようやく、グラフィックデザインも表面的な見た目の表現だけではなく、手触りなどの素材感を演出する特殊印刷が流行っている。
日本はそもそもがこうした繊細な演出を得意としていたにもかかわらず、西洋思考が強かったためか視覚的表現ばかりに熱中してきた傾向があると思っていた。多くのポスターのデザインコンペがいい例だろう。まあ、あれはデザインというよりはアートに近いわけだけど。
デザイン関係の書籍ではなかなか「素材感までを含めたデザイン論」で良書に巡り会うことはなかった。そこでブランディングまで幅を広げてみると、おもしろい本に出会った。
それが本書、五感からブランドを考えていくというもの。
ブランドは視覚と聴覚がメインとして扱われてきた。言うまでもなく視覚はロゴ・デザインなどのCIブームを引き起こし、まさに見た目の勝負がもてはやされた。ロゴを新しくしただけで、会社が刷新されたイメージを与えることができるのだから、こんな便利なことはない。
だが、そんなものは錯覚にすぎず、メッキはすぐにはがれ落ちた。
ブランディング手法は様々な流行を通過して、人間が持つ知覚領域のすべてを活用する方法に落ち着いてきたようだ。これまでは視覚と聴覚の2つの感覚器官に対してアプローチしていたが、これからは視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚という五感に対してアプローチしていく方法を意識しなければ勝ち残れない環境になってきている。
情報が氾濫し、露出過多のビジュアルイメージの重要性は落ちていることは確かだ。とすれば、より多くの感覚記憶が活性化されればされるほど、ブランドと消費者との結びつきはより強靱なものになるというわけだ。
この「センサリーブランディング」の4つの重要な考え方とは以下のようなものだ。
1:感情を取り込んだ関係を築く
2:消費者の知覚と製品の現実との調和を最適化する
3:製品拡張のためのブランドプラットフォームを確立する
4:商標登録する
五感のなかでも嗅覚の力は見直さなければならないようだ。嗅覚は、感情に対して直接的で基本的な感覚であり、記憶を喚起する非常に強い力をもっているという。なんとなく力があることは分かるが、ブランディングとして独自のニオイを確立している企業はほとんどないのだそうだ。だからこそ、今から意識することは大きなアドバンテージだ。
日本人としては、触覚にはこだわりたい。皮膚感覚といってもいいが、日本の伝統技術、伝統工芸の得意とする分野だからだ。大昔から受け継がれてきたことだけに、その感覚にはすぐれたものがあり、可能性を感じる。
しかし、五感に通用するブランドを築くには相当な努力が必要だ。自社ブランドを構成する要素を洗い出すところから始まるが、それだけでも苦しい思いをすることになるだろう。そして、洗い出した要素を一つずつ取り出し、個別の要素だけで自社ブランドが判別できるかどうかを点検していくことになる。ロゴで自社が判別できるのは普通だが、ではその写真にはなにか特徴があるだろうか。会社を説明する文言はどうか、アイコン、音、サービスと細かに点検していく。
それからようやく、各要素をブランディングしていくのだ。
ただ、個別に点検、ブランディングしていくわけだが、相互のシナジーを意識することが重要だ。感覚は組み合わせることによって、ブランドのユニークなポジショニングを知覚せずにはいられないような経験を創出するからだ。
2つの感覚で成功するだけでは不十分だ。すべての感覚のシナジーを生みだすことが究極的目標になる。
おもしろい指摘に、「対比・対立」がある。ブランドは、強くなるためには他のブランドとの関係で位置づけされる必要があるというものだ。
それから、宗教のブランディングというものもある。ブランディングの視点から宗教を分析すると見事に五感すべてに訴求しているというのだ。キリスト教がイメージしやすいだろう、確かにブランディングが徹底され、世界中に広まっているのがわかる。
五感にアプローチする戦略をとったブランドはより大きくなっていくんだろうな。それには相当な時間とお金、労力がかかるから、ある程度の企業には短期リスクも相当なものなはず。むしろ中小企業にとってはチャンスになるかもしれない。
この五感を意識した戦略はデザインにも取り入れていこう。「日本」というアドバンテージも意識しながら。